2022年4月1日金曜日

コーヒーの旅【グァテマラ編4】

エル・インヘルト農園には3日間滞在した。 

本当に密度の濃い時間だった。 
品種のこと、コーヒーの木のこと、生産処理、生豆の保管方法など、それまで頭でしか理解していなかったことを、体験的に学ぶことができた。

まだお店を構えてもいなかった僕に、つきっきりでコーヒーの生産の現場を包み隠さず見せくれたアルトゥーロさんには感謝しかない。

エル・インヘルト農園にて



話は変わって最近なぜか思い出すことがある。 

夜中に部屋の外で、日本から持ってきたギターをつま弾いていたら、別の宿舎から声が聞こえてきた。 
「おーい。俺たちの所でもっと聴かせてくれよ」 
振り向くと、農園で住み込みで働いている青年たちだった。
強そうなお酒を片手に、ニコニコしながら手招きしている。
彼らのもとへ行き、適当に弾き始めてみたら、青年たちは僕のギターに合わせてスペイン語で歌い始めた。 
他の寝ている仲間を配慮して、囁くみたいに。

お互いに言葉は全くわからなかったが、終始僕らは微笑んでいた。 

その夜は、無名の日本人の旅人と、若き労働者たちの静かな宴となった。






 ***

 エルインヘルト農園を後にした僕は、前に泊まっていたウエウエテナンゴのホテルに再び戻り、1週間ほど滞在した。

この辺りの他の農園も見ておきたいと思ったのだ。 
ホテルのオーナーが次々とコーヒー農園の知人を紹介してくれるので、僕は時間の許す限り、コーヒー農園を巡り続けた。 

たくさん農園を見ていくうちに、何となくではあるが、「コーヒーの木の栄養状態」や「生産処理場の清潔さ」、「農園主の話す内容」によって、そこで生み出されるコーヒーの品質もある程度は推測できるようになってきた。

 比較してみると、改めてエルインヘルト農園がずば抜けて優良な農園であることが解る。

たとえ環境が同じであっても、作り手の努力や姿勢がやはりコーヒーの品質に大きく寄与しているのだ。

 僕は長く滞在したウエウエテナンゴを離れ、引き続きコーヒー産地を目指して旅を続けた。


 【アカテナンゴ】 

アカテナンゴは、街の中を一通り見て回るのに一時間もかからないくらい小さな村だった。

街中にホテルは一軒しかなく、そのホテルはグァテマラに移住している初老のアメリカ人が経営していた。 
コーヒー農園を視察しに来た、と言うと、フレンドリーで親切なそのオーナーは知り合いの農園主を紹介してくれた。 (このような感じで、僕は知らない土地に来ても何故かコーヒー農園を訪問するきっかけを与えてもらった。幸運なことに。こんな成り行き任せでいいのだろうか、といつも自分でも思う)

 アカテナンゴには数日しかいなかったが、いい経験ができた。 
ある農園では、カッピングルームが併設されていて、そこでたまたまアメリカの有名なロースター「インテリジェンシア」のバイヤーと居合わせた。
僕と同じくらいの年齢の男だったが、相当なカッピングスキルを持っていた。 
一緒に焙煎したり、カップをコメントしあったりして、久しぶりに同業者に会えて刺激をもらえた。 

【アンティグア】 

アンティグアはコーヒー産地でも有名だが、 古都であり、観光地でもある。
パステルカラーに彩られた街並みは、散歩するだけでも楽しい。 

ここでも、たまたま街で知り合った北島三郎似のおじちゃんにコーヒー農園へ連れて行ってもらった。 

英語が全く通じないので、片言のスペイン語で何とかコミュニケーションをとった。

農園をひと通り見終えた後も、僕らは一緒に観光したり、夜の街を一緒にぶらついたりして過ごした。
全部僕の奢りではあった。 

北島三郎似のおじちゃん、いい人だったなぁ。最後まで何をしている人か全くわからないままだったけど・・・ 




グァテマラではおよそ10ほどの農園を視察できた。 

そこでわかったのは、コーヒー農園と言っても千差万別だということだ。 

エルインヘルトのように、大規模にハイクオリティコーヒーを産出する農園もあれば、 伝統的なやり方で、海外のバイヤーに会ったこともなく、国内消費用のコーヒーを作っている農園もあるし、 家の庭のコーヒーの木から一人で少量のコーヒーの実を手摘みして、家計の足しにしている「農園」というよりは「農家」というようなものまで。

どのような農園にも共通して言えるのは、そこで働く人たちの素朴さや温かさだと思う。

「日本から来ました。日本に帰ったらコーヒー屋をはじめます」というと、誰もが快く農園内を案内してくれ、ご飯をご馳走してくれさえした。

 そのような人たちに、時々こう尋ねられる。 
「私のコーヒー、いつか買いに来てくれる?」 
僕はその度に「約束はできません。でもそうできるようにがんばります」 
と後ろめたさを感じつつ、曖昧に答えていた。 

この人たちからコーヒーを買いたいな、とは思ってても、全ての人と取引はできないという現実をわかっていた。
だがらいつでもどこでも、自分の図々しさや無力さを感じずにはいられなかったし、何か行動を起こすということは何かしらの責任を背負うということを思い知らされていた。

 多くの農園と取引をする、ということは、それなりにお店を大きくしていかなければならない。
ビジネスという枠の中で自分ができることは何だろうか。
毎日のように僕は考えていた。 
《今の僕は、それについてのおおよその「答え」は出しているつもりだ。》

こういうふうに文章に書き起こすと、当時の記憶がよみがえってくる。
出来事だけでなく、その時の匂いや色や感情も。





続く

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